快晴のお城山から村上市街、日本海、下渡山(げどやま)を望む
正面が北西、視野角でいうとこれでだいたい180度くらいです
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大佐渡と小佐渡が国仲平野で分かれて見えるのと、ちょっとだけですけど粟島も見えるのにお気付きでしょうか
2019年11月23日(土)撮影、6300x1361サイズの超特大画像あります

2021年02月14日(Sun)

安良町さんぽ(お寺巡り編)つづき

昨日7km近く歩いたにもかかわらず、
今日もまた歩くという暴挙に出ました。
今回は昨日行かなかったお寺などが中心です。

村上市中央公民館の前の道路を歩いて行くと、
中華料理の揚子江近くの民家の間から墓地が見えてきました。
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民家に囲まれた住宅街のど真ん中にあるお寺です。
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いったん肴町の通りへ出て、
木がもじゃもじゃ茂った家の脇の小路を右に曲がると、
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西宝院の門構えが見えてきます。
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こちらが拝殿で、
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こちらは薬師堂でしょうか。
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今にも有難い念仏が聞こえてきそうな雰囲気ですね。
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すぐ近くには川むら鮨の駐車場がありますが、
無断駐車1万円とは強気ですね。
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肴町通りへ戻って横断歩道を渡ると、
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ほどなく左側に観音寺が見えてきます。
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ここは村上のお寺巡りでは絶対に外せないところで、
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佛海上人の即身仏が安置されていることで知られています。
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門には仁王像(おんにょさま)があって、
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門の横には振袖地蔵が祀られています。
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これも色々な伝説があるようですね。
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歴史のありそうな立派な拝殿があって、
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左側には石碑が建てられていますが、
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拝殿と石碑の間にはマットが敷かれた通路があって、
佛海上人の人定塚へとつながっています。
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この通路の先へ行ったことがあるかどうか記憶が定かではないのですが、
村上の神社仏閣巡りにおいては絶対に外すことのできない重要施設だと思います。

観音寺を出たあとは肴町通りを進んで小国町方面へ向かいます。
ここは昨日も訪れた妙性寺ですが、
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昨日は穂坂家の慰霊塔が良く写っていなかったのでまたやってきた次第です。
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鳥居の先には立派な慰霊塔が二つ並んでいます。
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そのあとは昨日と同じ小国町の裏通りへと歩を進めますが、
右手には昨日見落としてしまった妙法寺の墓地が広がっています。
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左手にはお馴染みの住宅がありますが、
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住宅横の車の前にはタイヤやホイール類が山積みされていました。
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この状況からしておそらく管理者がいてちゃんと管理されているのでしょうね。
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小路を抜けて寺町の坂へ出ると妙法寺の門構えが見えてきますが、
前の道路が坂になっているのが良く分かります。
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この案内板も比較的新しいようですね。
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寺町の通りへ入る角のところには稲荷神社あって、
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隣は寺町の集会所になっています。
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坂を下った先にある塩町の区民会館と消防車庫の間の小路を入った所には、
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稲荷大社があって、
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その左隣には区民会館があるのですが、
これが塩町のものなのか小国町のものなのかが分からないんです。
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以前にもこの話題を取り上げたことがあって、
地元ご出身の方に教えていただいたり自分で調べたりしたのですが、
いまだにはっきり分からないというのが正直な所なんです。

というのは住宅地図上ではこの場所は塩町になっていて、
実際に建屋の住居表示も塩町となっているのですが、
住宅地図には「小国町区民会館」と書かれていて、
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隣の稲荷大社の柱には、
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小国町区長の署名入りの注意書きが貼られているんです。
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ですからあくまで推測の域を出ませんが、
元々は両方ともに塩町の管理下だったものが、
隣に塩町の区民会館が新築されたことによって、
古い区民会館と稲荷大社の管理が小国町に移されのではないかと、
そんな気がしてならないのですが、
もし間違っていたら遠慮なくご指摘ください。

(追記)
お寄せいただいた情報によると両方ともに元から小国町のものなんだそうです。
ただ年配の方でもその理由は分からないということらしいです。
村上の七不思議の一つかも知れませんね。
ありがとうございました。

今日はこのあとは昨日歩かなかった塩町通りへと歩を進めることにします。
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ほどなく左手に立派な松の木が見えてきますが、
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その前には塩町の稲荷神社があって、
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その右隣は安泰寺になっています。
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ここは「汽車」などの作曲をした大和田愛羅さんの墓があることで知られていて、
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正面には立派な拝殿があります。
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仏像の背景の稲荷神社の敷地内には遊具が置かれていて、
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すべり台は使用できると思われますが、
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ブランコは取り外されていました。
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そしてそのすぐ近くには、
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稲荷神社の境内で立小便って、
いったいどんな人がするんでしょうね。

その先の民泊宗田の二階には、
塩引き鮭が吊り下げられていますが、
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かなり年季が入ったような感じがしますね。
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甚兵衛酒屋さんの前を通って、
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小町坂を上って行くと、
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左側に鳥居が見えてきますが、
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ここは伊勢神明社です。
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その向かい側、
益田書店の倉庫の横の小路の先には、
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古びた建屋がありますが、
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ここは法音寺の境内です。
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近くの建屋の中からは仏具らしきものが顔を覗かせていました。
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振り返ると人ひとりがやっと通れるくらいの狭いカーブになっていて、
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なおかつ入口の所に案内看板も何もないので、
知る人ぞ知るお寺と言うことができるかも知れませんね。
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このあとは小町通りを進んでトラヤの横の小路へ入りますが、
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ここは昨日見落としていた黒塀通り近くの願浄寺です。
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そしてこれが本日のビッグサプライズ!
平和パンだった所にできた店に店名の看板が付きました!!!
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「骨董閑雅堂」この看板は昨日はなかったんです。
これでこの店が骨董品店で、
なおかつ営業していることがハッキリ分かりました。

これが分かれば今日はもう帰ってもいいくらいなのですが、
天気もいいのでもう少し歩いてみることにします。

閑雅堂の並びにあるのは大工町通りの光済寺ですが、
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ここは聖徳太子像を安置していることで知られています。
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その向かい側には善行寺の入り口がありますが、
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ここは焼失して仮の本堂になっているようですね。
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その後は十輪寺へと向かいますが、
お団子屋さんの近くにも結構観光客らしい人の姿が見られました。
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九品仏と、
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鯛車文庫の前を通ると、
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十輪寺の拝殿が見えてきます。
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そして以前にも歩いたことのあるヨコザワ自転車店の看板の前を通って、
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十輪寺のお庭へと歩を進めます。
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これも雪があるとないとでは全然雰囲気が違ってくるでしょうね。
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建物の間の狭い通路を進んで行くと、
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先の方に光が見えてきて、
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松浦家の前の道に出ました。
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今日はここで引き返して十輪寺へと戻ることにしますが、
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墓地のバックにお城山!
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お庭のバックにもお城山!!
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鯛車文庫の上空はこの青空!!!
来て正解でした。
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そして串だんごの暖簾を見ながらお帰りです。
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どうもありがとうございました。
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本日の歩行距離は地図上で約5.4km、
その他、行ったり来たりした分も含めると、
昨日の分と合わせて13km近く歩いたのではないでしょうか。
でも二日間ともに天気の心配が全くなく、
落ち着いて歩くことができたので疲労感は少なかったです。

今日は出掛けたのがちょうどお昼時だったこともあって、
十輪寺のお団子屋さんの近辺には結構お客さんの姿が見られました。

今日巡ったお寺は行った順に、
西宝院、観音寺(ここまで肴町)
妙性寺(小国町)ここは再訪問です。
妙法寺(寺町)、安泰寺(塩町)、法音寺(小町)、
願浄寺(寺町)、光済寺、善行寺(ここまで大工町)、十輪寺(大町)
以上、再訪問の妙性寺を除くと9のお寺です。

二日間合わせて23のお寺を巡ったことになりますが、
羽黒口の光徳寺、そして長井町の浄国寺と行恩寺は、
お城山へ行くときに幾度となく訪れていますし、
完全に方向違いなので今回はパスしました。

今日は昨日行かなかったお寺を効率よく巡るために、
あらかじめルートを描いたうえで歩き始めたのですが、
なかなか計画通りには行かないもので、
善行寺から十輪寺へ通り抜けできるにもかかわらず、
大町通りの方からぐるっと回って十輪寺へ行ってしまいました。

このへんで時間的なロスが発生してしまいましたが、
大町通りのお団子屋さんの所から十輪寺境内に
入りたかったということにしておきましょうかね。

早くコロナが収まってもっともっと賑わうといいですね。
二日間にわたってご覧いただきまして本当にありがとうございました。

でももしかしたら近隣でまだ漏らしているお寺があるかも・・・

(2月15日追記)
細工町の本悟寺と等覚寺を忘れていました。
posted by 安良町経由村上行き at 23:56 | Comment(5) | 観光
この記事へのコメント
妙法寺 は通称 坂のお寺 と呼んでいます。

その坂の下の稲荷神社と公会堂はもとから小国町のものです。
入口の消防車倉庫も小国町消防団のものです。
塩町のものではありません。
小国町公会堂の場所は私の子供の頃から〜1983年頃までは空き地でした。ヤブでした。
なぜ小国町の稲荷神社が塩町にあるのか子供の頃頃から謎でしたが、私の親(84)もその理由は知りません。

隣の塩町公会堂はその名の通り塩町のものです。
以前は塩町稲荷神社を公会堂代わりに使ってましたが、いつだっか忘れましたが(私が塩町離れてから)新しい建てられました。

私の実家のすぐ横なので間違い無いです。
小国町の稲荷神社は最も近く生まれて最初の外の遊び場でした!
Posted by 塩町 at 2021年02月15日 21:15
妙法寺 は通称 坂のお寺 と呼んでいます。

その坂の下の稲荷神社と公会堂はもとから小国町のものです。
入口の消防車倉庫も小国町消防団のものです。
塩町のものではありません。
小国町公会堂の場所は私の子供の頃から〜1983年頃までは空き地でした。ヤブでした。
なぜ小国町の稲荷神社が塩町にあるのか子供の頃頃から謎でしたが、私の親(84)もその理由は知りません。
隣の塩町公会堂はその名の通り塩町のものです。
以前は塩町稲荷神社を公会堂代わりに使ってましたが、いつだっか忘れましたが(私が塩町離れてから)新しい建てられました。
私の実家のすぐ横なので間違い無いです。
小国町の稲荷神社は最も近く生まれて最初の外の遊び場でした!
Posted by 塩町 at 2021年02月15日 21:15
法音寺 はたしか8月の後半に 祭礼?みたいなのが執り行われていて 目の病気の人にご利益があるとされていた記憶があります。
隣には 小町の屋台の格納庫があります。小町の屋台は格納庫の都合なのか、完全バラシの状態でしまわれていて組み立てるのが大変な手間がかかります。
羽黒町などはほとんどバラシが無くそのまま格納しています。
Posted by 塩町 at 2021年02月15日 21:32
>なぜ小国町の稲荷神社が塩町にあるのか子供の頃頃から謎でしたが、
>私の親(84)もその理由は知りません。

なるほど、昔からの深ーーい事情がありそうですね。
ありがとうございます。
各地にこういった越境?のような施設が存在するのかも知れませんね。
Posted by 安良町経由村上行き at 2021年02月15日 21:41
バラシと組み立ては重労働ですもんね。
そういった苦労を避けるために羽黒町はバラシをなくしたんでしょうね。
Posted by 安良町経由村上行き at 2021年02月15日 21:47
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